|

吉野郡十津川村玉置山。樹齢3000年という数百本もの杉の巨木が堂々と天を突く山には雄渾な生命の息吹が溢れ、ここが天と地をつなぐ神話の場であると素直にうなづけます。
標高1076メートルの玉置山9合目には崇神天皇時代(BC97〜30)の創建と伝えられる玉置神社が建っています。
神仏習合の時代には大峰修験道の本拠となり、熊野三山の奥の院として朝野の崇敬を集めていました。いかにも古社といったたたずまいの神社は懸造・入母屋造で文化元年(1804)の建築です。社宝には宇治川の先陣争いで名高い佐々木高綱が戦勝祈願として奉納したという、平安時代応保3年(1163)の鋳出し銘のある梵鐘や後白河法皇寄進と伝える宝篋印塔、和泉式部供養塔の石地蔵など古い歴史を物語るさまざまなものが残されています。
本殿から山道を歩くと末社である玉石社があります。3本の杉の巨木がご神体の丸い石をまもるように立っています。丸い玉が行かれているところから玉置と呼ばれるようになったとも言われています。
周囲には白い小さな石がたくさん供えられ、文字通りの玉置。
ここは役行者や空海が如意宝珠を埋めたという伝説の地で、大峰修験道の奥駈道を通る山伏たちも玉置神社より先に玉石社へ参拝するそうです。神話では神武東征の折、兵を休めたのが玉置山頂ということになっています。重なり合って熊野の山並みに連なっていく十津川の山。熊野から上陸した神武天皇の一行と出会いそうな森厳極まる雰囲気は奥駈の人々をどう励ますのでしょうか。 |
|