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暮らしの歳時記 2008年 秋


9月の声を聞くとそれだけで「秋」を感じてしまいます。
1日から3日にかけて、富山県八尾で風の盆が行われます。
胡弓の哀愁を帯びた音色が夜更けの町に響き、風はすっかり秋。
奈良では東大寺二月堂の十七夜盆踊りが「盆踊りの踊納め」として知られています。 17日は観音様の縁日で、特に旧暦8月17日は「十七夜」と呼ばれ、各地の観音霊場では古くからさまざまな催しが行われていました。 新暦では一月遅れということになったようです。一時は途絶えていた行事ですが、平成5年に復興され、今ではすっかり盆踊りの締めくくりとして定着、大勢の人で踊の輪が揺れます。 この日は朝から二月堂本堂内に万燈明がともされ、日が暮れると二月堂の参道に立つ石灯籠にも火が入ります。万の灯りに二月堂が浮かぶ様子は幻想的。 そんな背景での盆踊り、なんと贅沢なことでしょう。河内音頭や江州音頭もここで聞くと何やら床しく聞こえてしまいます。 盆踊りは不思議な力があって、ただ見るだけといっていた人もいつの間にか踊の輪に誘われ、踊始めるのです。十七夜が終われば、秋の気配が日一日と濃くなっていきます。
庭では虫の音がうるさいほどに鳴き競いますが、冬が来る前に全身を震わせながら命をつないでいるのですね。 とはいえ、街中で聞かれるのはアオマツムシが多いとか。街路樹の頭上から“リィー、リィー”または“チリー、チリー”と甲高い鳴き声を聞くことがありませんか?実はそれがアオマツムシ。 夏の終わりから初秋にかけて、他の虫の音さえかき消してしまうほどです。この虫は中国原産の帰化昆虫で、最初に鳴き声が確認されたのは1898年のことだそうです。 マツムシ、スズムシ、クツワムシなど唱歌にも歌われた虫たちの声が聞かれないのは残念です。でもじっと耳を澄ましてみるとどこかで鳴いているかもしれません。 秋の夜長に虫の音を聞き分けるのも一興かもしれません。

秋の着物

 最近、街中でリサイクル着物の店を見かけます。先日はジーンズにTシャツ、その上から反幅帯を締めている女子大生に会いました。 朱色の地に金糸で菊を織り出しているかわいい柄の帯はジーンズの青、Tシャツの白に良く合っていました。 たまたま入ったお店で可愛いと思ったから買って、着物は持っていないのでサッシュベルトみたいに締めてみたとのこと。自由な発想に拍手です。 どんなきっかけからでも着物に親しみ、楽しんだらいいのだと思います。でも、着物には長い伝統から生まれた知恵があることもそのうちに知ってほしいのも事実です。 秋になると見た目にも暖かそうな素材と色を身につける習わしがありました。
例えば、結城紬に古代縮緬の帯。紺色の紡ぎなら帯は黒っぽい緑、帯締めにはからし色でしょうか。街路樹や山が紅葉で色づき始めると淡い色の着物は調和しにくいものです。 春先、しっくりしていた白い帯が何やら寒々しい感じになったりもします。気温だけみると春の方がずっと低かったのに。 秋には似合わなかった白い帯も新春になるといかにも春を先取りしているようで清々しくなるから不思議ですね。
四季がはっきりとした日本ならではの色感覚でしょう。こういう感覚も大事にしたいものですよね。 着物の合理性ともいえるでしょうが、春は表着を薄くしていき、秋は表着から暖かくしていくという習慣があります。 春先はまだ冷える日もありますから、下着は冬物を着、秋は残暑で汗ばむこともありますから、下着は薄物を着ながら、表着では秋らしく装うのです。
旬より早いことを「はしり」、遅いのを「なごり」といって季節を三回楽しんできたのですね。これは着物だけでなく食材でもいえますね。

秋のお酒

 9月9日は重陽の節句。
9は陽数の一番大きな数字でその陽が重なるから重陽もしくは重九ともいいます。菊には薬効があるといわれ、この日はお酒に菊の花びらを浮かべて飲んでいたようです。 菊の花に真綿をかぶせて一晩置き、その綿で体を拭くと穢れが払えると平安時代の貴族たちは考えていたようです。
10月1日は日本酒の日です。
酒壷を表す酉の字は干支でいえば10番目。それに酒造年度が10月1日だった(現在は7月1日)ことから昭和53年に決められました。 この頃から燗酒の季節でもありますね。11月14日は大神神社の酒祭り。
日本書紀崇神天皇8年、おほみわ大神の神に献じる酒造り人であるさか掌びと酒に任命された高橋村のいく活ひ日は、天皇に酒を捧げて 此のみき神酒は 我が神酒ならず やまと倭な成す 大物主の か醸みし神酒 いく幾ひさ久 幾久
(この神酒は私の神酒ではありません。倭の国を成した三輪の大物主神が醸された神酒です)と詠いました。
天皇は うま味さけ酒 三輪の殿の あさと朝門にも 押し開かね 三輪のとのと殿門を
(一晩中飲み明かして、三輪の拝殿の戸を朝開いて帰ってこよう。三輪の拝殿の戸を)と返歌しています。
味酒は三輪にかかる枕詞です。このことからも酒と三輪は深い関わりがあり、古くから酒の神様、醸造の神様としての信仰を集めてきたのです。 毎年11月14日には美味しい新酒ができるようにと祈りを捧げる醸造安全祈願祭・酒祭りが行われます。全国から酒造家、杜氏、蔵人が集まり、三輪の神杉でできた杉玉をいただくのです。
拝殿では巫女によって「此の神酒は 我が神酒ならず」の歌を神楽にした舞が奉納されます。当日、奉納された四斗樽が鏡開きされ、参拝者にふるまわれます。 お酒の神様のもとでいただくとひときわ美味に感じられます。
11月第三木曜日といえば今年は20日。すっかり定着しましたね、ボジョレー・ヌーボー。世界で最も早くいただくことのできるのが日本だといいます。 “女房質に入れても初鰹”という気風の国ですから、初物に熱が入るのも当然かもしれません。洋の東西を問わず、秋はお酒の季節のようです。

秋の魚

 秋の魚といえば筆頭はやはり秋刀魚でしょう。今年は燃料高騰のあおりを受けて、休漁のニュースが届いていますが、どうなることやら。 食糧自給率が40%を切り、世界の食糧危機がくると日本は食べるものがなくなると危惧されています。海に囲まれた日本ですから、魚は豊かにあるはずですが、魚離れも事実です。 週に一度魚料理にするだけで自給率も上がるというのですから、しっかり魚をいただきたいものです。健康にもいいことですから。
9月頃から日本海側と太平洋側に分かれて南下し、水揚げされます。福島、茨城、銚子沖と下り続け、遠州灘あたりで産卵し、その後も南紀伊の熊野灘から遠く沖縄まで行く秋刀魚もいるようです。
関東地方は産卵前の脂の乗った秋刀魚を好み、紀州から南は産卵後のさっぱりした味を好むとか。炊き立てご飯にジュージュー焼いた秋刀魚にすだちを絞っていただくと日本に生まれて良かった!と思う瞬間です。 ご飯と魚をしっかり食べて、食糧自給率をあげましょうか。
秋刀魚のニュースの陰に隠れてしまうのが秋鯖。昔は「秋鯖は嫁に食わすな」なんて言われていたようですが、実際は卵をたくさん抱えた春鯖を嫁には食べさせて、元気な赤ちゃんを産んで欲しいということだったとか。 秋鯖がおいしいのは、産卵を済ませた鯖は冬に向って脂肪を蓄えるためにたくさんの餌を食べるからだそうです。
また、戻り鰹やハゼ、血中のコレステロールを下げるというマイワシの季節でもあります。そうそう、そろそろ牡蠣の季節もやってきますね。 なるべく近くで採れる野菜や魚を食べると輸送コストも削減され、CO2を減らすことにもつながります。 おいしくいただいて、環境にも貢献、しかも自給率アップにもなれば一石が二鳥にも三鳥にもなりそうです。
秋の食事は夏の疲れを癒し、冬への抵抗力をつけるためにも充実させたいものですね。



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