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暮らしの歳時記 2009年 春


  数年前、友達のご主人が古希を迎えるにあたって、何かお祝いの会をしたいと相談されました。ちょっとしたお茶室があるので古希記念茶会を開くことになったのです。二人で旅行した時に買ってきたものを中心に道具を整えます。タイで買った蓋物を香合に、香合を乗せる紙釜敷きにはご主人の誕生日の新聞(新聞社に頼むとコピーしてくれます)を重ねて。さて、一番困ったのが水指です。夏のことだし、何かの思い出につながるものをと室内を見回すうち、「いいものがある!」と叫んで運んできたのはなんとゴルフ大会準優勝カップ。透明ガラスのカットがきれいなカップです。「いいじゃない」ということになり、台から外しました。そうしないとあまりに高かったからです。するとカップの底にはネジの穴が空き、台と金属ネジでくっついていたのです。彼女はワインのコルクで小さな詰め物を作り、はめ込むとうまい具合に水が漏れないように留めることができました。
 「蓋、どうするの、ないわよ」というので「まかせて」と胸をたたき、庭の蕗の葉を取ってきて被せます。茶道では夏の水指の時、葉を蓋にして使います。葉蓋です。本来なら蓮の葉が一番いいのですが、間に合わないし、ご主人に縁のあるもので、という趣向ですから、庭での調達が何よりというわけです。
 お茶というと正座が大変なんて声も聞きますが、胡坐でも椅子でも大丈夫。お茶は本来とても自由なものなのですから。  夏、暑いさかりにガラスの水指は緑の葉を乗せていかにも涼しげでした。棗の代わりにはヨーロッパ旅行で求めたというボンボニエールを、建水には学生時代の友人からいただいたというガラスの器を、という風に思い出がしっかり込められてものが並び、旅行の思い出話で盛り上がったのです。
ポットからお湯をそそいでだってお茶は楽しめるものだと思いました。慌しい日々の句読点のように一服のお茶は心に届きます。甘いお菓子でもあれば尚のこと。季節の移ろいを大切にしながら、夏の暑さを凌ぐ工夫を凝らしてきた知恵、生かしていきたいものですね。打ち水、団扇、簾にカキ氷、涼しくなってきませんか? そうそう、西瓜と風鈴も忘れずに夏ならではの小物を調えましょう。

夏の星座

 夏の星といえばやはり七夕伝説に登場する織姫と彦星でしょう。
 織姫は天帝の娘で天の川の東にある宮殿に住み、毎日毎日機織に向っては美しい織物を織っていました。織姫が織るのは天上に育つ扶桑という木の葉を食べた蚕の糸。霞か雲のように薄いのですが、冬には暖かく、夏には涼しいという不思議な布です。そんな布を織姫は一心に織、他の娘のように、着飾ったり遊んだりということもなかったのです。天帝は可哀想に思い、天の川の西に住む牽牛を合わせ、楽しい時を持たせようと思います。牽牛もまた真面目一方の青年でした。出会った二人は、お互い夢中になってしまうのです。織姫は機織を忘れ、牽牛は牛を忘れ、ついに天帝の怒りに触れてしまいます。一年にたった一度しか会えないことになってしまったのでした。  これは中国に古くから伝わる伝説です。この伝説に日本古来の棚機津女(たなばたつめ)の信仰が混ざり合って今のような七夕物語になったようです。
棚機津女とは人里離れた水辺の機屋で降臨する神に仕える女性。翌日村人は禊を行い、穢れを神に持ち去ってもらうと信じられていました。  中国では牽牛星は農業、織女星は養蚕と染色を司る星と信じられ崇められてきました。二人の出会いがうまくいくようにと心を寄せたのですね。この信仰が乞巧奠(きっこうでん)となっていきます。乞巧とは技の上達を願うことで奠は祭り。書道や裁縫など技の上達を願いました。
 日本では「日本書紀」に持統天皇5年7月7日に宴が催されたという記述があります。「公卿に宴を賜り、朝服を給された」という短い記述ですが、一体どんな宴で朝服とはどんな衣装だったのでしょう。「続日本紀」には天平6年7月7日、「天皇は相撲の技をご覧になった。この夕べ、南苑に移って文人に命じ七夕の詩を作らせられ、出来に応じて禄を賜った」と記されています。天皇は聖武天皇です。七夕は「相撲(すまい)の節(せち)」といわれ、当時は乞巧奠より相撲の方が重要だったようです。「日本書紀」垂仁天皇7年7月7日に野見宿禰と当麻蹴速の力比べが相撲の起源とされていますが、その後も毎年7月には相撲御覧の節として年中行事になっていました。  平安時代になると竹竿に糸をかけ、梶の葉に歌を書きつけ、季節のものを供えて願いを星に祈ったのです。  芋の葉の朝露で墨を摺り、願い事を短冊に書いて吊るすと叶うといわれるようになって今のような七夕になりました。子どもの頃、朝露を採りに行ったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 そんなことを思いつつ夏の夜空を見上げてみましょう。梅雨が明ける頃の午後9時頃、東の空に明るい3つの星がみえます。空が舞台ですから、ダイナミックな三角形です。これが夏の大三角で夏の間、一晩中見えますから目印にするといいでしょう。三角形の頂点となるのはこと座のベガ、白鳥座のデネブ、わし座のアルタイル。織女星はベガ、牽牛星はアルタイルです。都会では見えないかも知れませんが、暗いところなら天の川が見え、その川を挟んで輝いているのがわかります。
 大三角の南には射手座、その東にはさそり座が光ります。自分の星座を見つけるのも楽しいものです。そうそう、夏は一年で最も流れ星が多い季節なのだそうです。星が流れる間に願い事を言うと叶うっていいますよね。いつでも言えるように準備しておきましょう。

夏の着物

 夏に着物はよほどの人でないと、と思います。それだけに涼しげな着物姿は人々の憧れの視線を集めます。紗や絽の透け感は夏ならでは。また、麻や綿の着物も素敵ですね。昔の人は体を補正するなんて全く考えず、いかに涼しく着るかを工夫したようです。身八口を開けて風が通るように着付けていました。肌を直射日光に晒さないのもかえって涼しいのかも知れません。
 夏の着物といえば浴衣が代表です。もう風物詩ですね。かつては湯上り着だったようですが、今や街着としてすっかり定着しました。浴衣には昔から藍色が多いのですが、これは虫除けの効果があったから。ですから、日が差す日中は白地、蚊などの虫が出る夕刻からは藍色地を着たとか。もっとも、今本当の藍染は大変高価ですし、色とりどりの浴衣がありますから、浴衣ドレスとして楽しんだら素敵です。夏祭りに浴衣姿のカップルを見かけることが増えたような気がします。せっかくの民族衣装ですから気軽に着て夏を彩りたいものです。



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