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涼感を取り戻して

  今年の夏は節電が大きな目標です。どれだけ電力に頼らずに涼しく夏を越すか、さまざまな知恵が絞られています。地球の資源が無限でない以上、どこかで生き方の転換点が来るだろうとは多くの人が感じていたことでしょう。でもまさか、こんな衝撃的な事故が起こるとは思ってもいなかったことでした。豊かさを追求してきた時代からの大転換です。
 簾や扇風機、扇や団扇も売れ行き好調とか。湿度の高い日本の夏は、明治時代に西欧から来た人々にとっても随分苦痛だったようです。軽井沢が別荘地として開発されたのも暑さから逃れようとした諸外国の人達によってと聞きました。避暑へと出かけられないならば、せめて涼しさへの工夫を凝らすしかありませんね。
窓には簾や蔓性の植物を育てて、日差しを少しでも遮り、電力消費のたかいエアコンから扇風機や団扇に変えるという取り組みはすでに多くの人が取り組んでいるようです。
 蔓性植物は朝顔が一番という人もいれば、苦瓜の葉の美しさに熱弁をふるう人もいます。風船葛の愛らしさを称える人がいれば、葡萄やキウイのように果物がいいと主張する人もいたり。緑のカーテンはその効果も立証されていますし、園芸店へいけばアドバイスもしてくれることでしょう。一般的には虫がつきにくく、葉があまり厚くない方が光も通してくれて良さそうですね。  それに打ち水も効果的だそうです。都会の商店街で一斉に打ち水をしたら、やはり効果的だったとニュースになっていました。風鈴下げて、麻の座布団に団扇、西瓜にカキ氷、暗くなったら線香花火かな。暑い夏をちょっとレトロに楽しむのは素敵です。  食べ物もファッションも季節感がなくなりましたが、ここにきて、涼しさの演出が取りざたされてきました。飾ったお花には霧吹き。水滴がいかにも涼しそうです。涼しそうな感じは、いままで必要とされてきませんでした。室温は年間を通して同じですから、夏は薄着の女性にとっては冷え対策が欠かせませんでした。ひざ掛けや肩掛け、腰にはカイロを貼ってという人もいたほどです。これからエアコンの設定温度が高くなれば、見た目の涼しさが求められるようになりそうです。


茶の湯の涼しさ

 季節を大切にするお茶の世界には、夏ならではの工夫があるようです。  まずは床の間の軸。「滝」の一字がまるで流れる滝そのもののように書かれたものを見かけます。狭い四畳半の空間がまるで山中の滝の近くでもあるかのように思います。季節の花にはもちろんたっぷりの露。茶碗は平茶碗と呼ばれる夏用のものやガラスの器。街中の茶室であってもせめて山中の庵のように感じてもらおうという亭主の心が配られます。
 ある世界的なグラフィックデザイナーが茶道に入門するきっかけは夏の茶室だったとか。  夏、ある別荘で数人が集まった時、お茶をしようということになったそうです。それまで、茶道とは堅苦しいものというイメージしかなかったからちょっとうんざりしながら、成り行きを見ていると、あり合わせの道具を整えたけれど水指が無いという時、ラリックの花瓶を持って来て、これに庭の大きな葉を蓋として使ったのだそうです。
 それは、そこにいた人のアイデアかと感心していたら、茶道には昔から葉蓋という点前があると聞いて、驚いたと話していらっしゃいました。 そして、茶道がクリエイティブな柔軟さを持っていることに魅力を感じ、入門したそうです。今では、すっかりお茶人としての風格を漂わせながら、新しいお茶の提案を続けて、ご自身が誰よりも楽しんでおられます。
 茶道を拓いた初期の茶人たちは、じつにさまざまなものから、道具を見立ててきました。朝鮮半島で使われていた庶民の雑器、中国で使われていた壷などを茶室空間の中で茶器として新しい命を吹き込んだのでした。
 今、当時の茶人がいたら、きっとガラスの美しさに驚き、夏の道具として取り入れたに違いありません。
 夏の点前として洗い茶巾というのがありますが、これは、茶碗の中に水を入れておき、お客様の前で茶巾を絞り、水音を立てて涼しさを感じていただくものです。茶室の中で水音を立てたからといって涼しくなるわけではありませんが、耳で水音を聞くことで、まるで水辺にいるように想像するのですね。涼感とはその想像力だと思います。滝の文字を見て滝の傍にいるように想像し、水音で水辺を感じるのです。五感だけでなく六も総動員して涼を感じて暑さを凌ごうとする知恵、素敵なことです。ほんの少しでも取り入れて今年の夏を省エネしながら、豊かにやり過ごせたら、いいなぁと思います。


夏の祭

 夏祭りといえば奈良では燈花会が有名になりました。奈良公園の各所でろうそくの灯りがゆらゆらとゆれて、昼間の暑さもしばし忘れてしまいそうです。今年は大震災の被害者への鎮魂も込められることでしょう。
 そうそう、その前にも大切なお祭がありました。6月30日には石上神社や春日大社など各地の神社では「夏越しの祓」が行われ、大きな茅の葉で作った輪をくぐります。一年の半分を過ぎて、知らずに積もった穢れを祓うというものです。「水無月の祓」とも呼ばれ、茅の輪をくぐっておけば災いを避けられるといわれています。丁度、真夏になる前、湿気の多い季節ですから、神様に祓っていただいて、夏を乗り切ろうという願いが込められているのですね。東大寺では解除会として7月28日に行われます。ここでも茅の輪をくぐるのですが、神仏習合の名残りなのでしょうか。夏への準備を整えて、暑い夏を迎えましょう。7月7日は吉野金峯山寺で「蛙飛び」。午前中は大和高田の「奥田の蓮池」で蓮の花を採り、吉野山まで運びます。午後から「蛙飛び」のユーモラスなお祭で境内が沸きかえります。昔、蔵王権現を侮辱した男は、大きな鷲に捕まえられて山の上に置き去りにされます。男は泣き叫んで許しを乞うのですが、誰も険しい山まで行って助けることができません。すると山伏が法力で男を蛙の姿に変え、助けます。その後、男は蔵王権現の前で許しを願うとようやく元の姿になり、以後、熱心な信者となって金峯山寺に尽くしたというのです。そのいわれが祭りで再現されます。蛙のぬいぐるみの中は随分暑いそうで、中に入る方の苦労は並大抵ではないとのこと。境内での笑い声とは裏腹の苦労があるのですね。
 祭が終わると境内で柴燈護摩法要。山伏による豪快な法要は一見の価値があります。蛙が人間に戻って、良かった良かったと帰らずにぜひ、ここまで見届けてくださいね。
 燈花会が終わるとお盆、万燈籠や大文字焼、地蔵盆が終わる頃にはそろそろ秋の風が立ち始めます。例年並みのほどほどの暑さで夏がおわりますように。祈るばかりです。



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