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暮らしの歳時記2012春

春の味

 春の野菜は香りや苦味ふ含んだものが多いように思います。フキノトウやカラシナ、木の芽など。この頃にはきっと人間の体にも必要なのかも知れません。冬の白菜や大根などに比べるとずいぶん香りや辛味、それに苦味まで含むのですから。
 つみたてのフキノトウは濃いめの塩水で茹でるといいます。茹で上がると二三度水を換えながらアク出しをします。軽く絞って酒やみりん、塩を加えて箸でさばきながら煮ると緑色の含め煮のできあがり。炊き立てのご飯に乗せると春の香りが素敵です。お店で買って、色の良くないものは蕗味噌にしましょうか。酒、味噌とみりん、好みでお砂糖を加えて味をととのえ、みじんにしたクルミであえてもマイルドになりますよ。
 吉野の里で野原を食べるという集まりに参加したことがあります。野原で食べるではなく野原を食べる。そう、野草を食べるのです、野原で。母子草はさっと茹でて細かく刻み、白玉をこねるときに混ぜて茹でます。草入りの白玉は香りのよい、きれいな色のお団子になりますよ。小豆の餡や黄粉をかけると、春ならではのお菓子です。ノビルは酢味噌、嫁菜やセリは色よく茹でてごはんと混ぜます。ぺんぺん草(なずな)は若いうちに摘んでとんとん刻んでお粥に入れるときれいです。花時のものはまた格別。白い小さな花と緑の茎、塩ゆでした後、水にさらして辛し和えで召し上がれ。
 良く知られているのが土筆です。はかまを取るとアクで指先が黒くなってしまいますから、薄いゴム手袋をして。茹でる時はお湯に酢を入れるとアクがとれます。鳥貝や貝柱などの貝類の付け合せとして酢味噌に会います。また軽く炒めて卵とじ。お吸い物にも入れると季節が味わえます。
 アザミの葉も以外な美味しさでした。茹でてとげの部分は切り落とし、煮びたしに。とげをガスの火で焼いて、天ぷらにしても素敵です。野草は天ぷらにするとアクが抜けるので一番簡単な食べ方かも知れません。
 筍が出る頃、山椒の葉もぐんぐん伸びてきます。木の芽と呼ばれるその葉はそのまま筍の煮物に盛ったり、お吸い物に浮かせたり、春には欠かせないアイテムです。木の芽を湯がいて摺り、西京味噌と水とみりんを加えて練ると木の芽味噌のできあがり。西京味噌が手近にない時は普段に使う味噌に砂糖とみりんを加えて代用しても大丈夫。豆腐や白身の魚に乗せて焼くととっても美味しいものです。
 年中出回る三つ葉ですが春が旬。ひな祭りにちらしずしには欠かせませんね。さやえんどう、シイタケ、筍、木の芽、錦糸卵に三つ葉も入れて彩美しい雛ちらし。酢には柚子などの柑橘の酢を加えると豊な風味です。柚子の産地として有名な四国では寿司酢といえば柚子酢が当たり前だそうです。便利な柚子酢の入った寿司酢も市販されていますから試してみてはいかがでしょう。使う前には味見をして。我が家の味に合うかどうか、ここでチェック。甘すぎる時は酢、甘味が足りなければ砂糖を足します。
 さて、春に筍は欠かせませんね。数年前、筍掘りに誘われました。土の盛り上がった所を教えてもらいながらの作業は結構楽しいものです。庭にはドラム缶にお湯がたっぷりわいています。ドラム缶の下は薪がくべられて勢いよく燃え盛っていました。とりたての土つきのままの筍をどんどん入れて茹でていきます。もちろん糠はたっぷり。そして、薪と共に筍も火にくべたのです。どうするの、と言うとまあ、見てて。やがて黒焦げの筍を引っ張り出して軍手で皮をむいていくとほくほくの筍が登場。包丁でざっと切って醤油をたらしていただいた時の美味しさといったらありません。ワイルドな食べ方の繊細な味。筍の新しい味を知った思いでした。土付きのまま茹でた筍はお土産にいただいて、お吸い物に若竹煮、天ぷらと筍尽くしの食卓。筍の先の方、絹皮もまた上品な味わいです。木の芽味噌で和えるとお酒の肴に箸休めにと重宝します。筍の煮物が余ったら、味つきのまま天ぷらや照り焼きにすると二度おいしくいただけます。
 ウドも春の味を代表します。皮は思い切って厚くむきましょう。白髪うどにして酢水にさらし、十分に水を切ります。辛子酢味噌を乗せるだけでたっぷりの春の味。ちょっと太目のマッチ棒に切っても歯ごたえがあっていいものです。そうそう、マッチ棒、このごろ見かけませんね。マッチ棒の大きさはこれからどう説明しましょうか。2ミリ角で3センチの長さ位とでもいうのでしょうか。難しいものです。ウドは春に美味しくなる貝類との相性抜群。貝柱や鳥貝とどうぞ。
 4月、桜が咲く頃には桜鯛。明石の鯛が最高といわれます。淡泊な白身に凝縮する味はことのほか。刺身に塩焼き、鯛めし、潮汁などなど。日本のように周囲を海に囲まれているからこその味わいです。鯛の身を昆布で締めるとこれはまた箸が止まらなくなってしまいます。柑橘の果汁にお酒、薄口しょうゆを加えた加減酢でいただきましょうか。
 そうそう、鯛の塩焼きはやはり強火でやきあげますが、焼きあがる頃、熱燗にしてアルコールを抜いたお酒をさっとふりかけるとぐっとおいしくなるそうです。
 福岡でいただいた鯛茶漬けのおいしかったこと。忘れられません。炊き立てご飯とたれに漬けた鯛の刺身、そこにあつあつのお茶が出てきます。ご飯に鯛を乗せ、お茶をかけるだけのことですが味わいの深さといえば例えようがありません。淡泊にして濃く、旨味がずっと残りました。もう一度体験したい味です。鯛の刺身のつけ汁がその店の秘伝だとのことでした。
 風薫る五月。端午の節句の季節には柿の若葉が光ります。若葉を天ぷらにするとおいしいって知ってますか?私は知りませんでした。渋柿の葉でも甘くて何の野菜?と話題になります。奈良名物柿の葉ずしもこの若葉の頃に美しい若葉のものがお目見えです。奈良にいるとたいして珍しくもないと思いますが、各地では喜ばれる逸品です。特に個展を開くというような時、持参すると以外にも大変な喜びようでした。ちょうどお昼時ということもあったのでしょうが。個展の最中には昼食を摂ることもままならない時があるそうで、柿の葉ずしは葉っぱでの個別包装なので食べやすいのだとのこと。ちょっと重いのが難点ですが喜ばれることが嬉しくて、つい持って行ってしまいます。
 「柿食えば…」の句で柿と奈良は深く結ばれていますから、それも喜ばれるひとつなのかも知れませんね。地元の方が案外知らないことなのでしょうか。
 端午の節句には柏餅に粽。初鰹も話題になります。「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」あまりに知られた句ですが、これほど言いえて妙という言葉もそうそう見当たりません。初鰹だけがお膳にあるのではないのです。窓の外は溢れるような青葉若葉。木々を渡って風が香ります。山からはほととぎす声も聞こえ、そしてお膳には初鰹。耳にも目にも肌にも、そして口にも季節が染みるのです。五感で味わう季節。日本人で良かった!と思う時。自然に恵まれた幸せの時でもあります。
 鰹が手に入ったらたたきを作ってみましょう。表面を焼くのは皮ごと食べるから。強火でぱちぱちと音を立てるくらいに焼きましょう。表面に脂肪が泡立って焦げる時にぱちぱちとはじけます。じっくり焼いてはいけません。思い切って強火でさっと焼きましょう。焼き上げたらさっと水をかけて熱を取り、濡れぶきんで包み、冷蔵庫へ。冷えたら、丸のままに柚子などの柑橘果汁を搾り、それから包丁を入れるとおいしいようです。お店でいくらでも売っていますが、たまには自分で作ってみるのもいいものです。たとえ失敗したとしても。手を尽くす、試す、そして味わう。ちょっとしたひと手間で見えてくることがあるかもしれませんから。
 今年の春の美味、探してみませんか。



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