暮らしの歳時記 4月(卯月)
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伊賀上野には花守の子孫によって奈良八重桜が霊木として伝えられています。

歳時記
 歳時記とは1年のおりおりに行われた自然・人事百般のことを記した書であり、俳諧で季語を分類して解説や例句をつけた書です。歳時記を繰っていると、日本がどれほど豊かな四季に恵まれ、繊細な風土であるかが分かります。
  季語という季節を象徴する美しい言葉を作り上げた俳句。俳聖として近世文学に大きな足跡を残した松尾芭蕉は生涯で5回、奈良を訪れています。芭蕉の目に奈良はどのように映ったのでしょうか、季節を追いながら、芭蕉の俳句をみていきましょう。

「奈良七重七堂伽藍八重ざくら」
  奈良は7代にわたって栄えた帝都で七堂伽藍の壮大な寺院があり、“いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな”とも歌われたはなやかな町であることよ、と詠んだいかにも春爛漫の雰囲気がする句です。貞享〜元禄年間に奈良付近で詠まれたとか。
  今年は例年より桜の開花が早いという予報ですが、いかがでしょうか。桜前線が早く北上して欲しくもあり、一気に駆け抜けると寂しくもあり、と桜好きの日本人にとってこの季節ほど心さわぐ時はありませんね。

春の海
山笑ふ
田螺
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メールにもちょっと時候のあいさつ
今年の桜はどこへ見にいきましたか。特別にお花見というわけにはいきませんでしたが、住宅地の遊歩道の桜、とてもきれいでした。それから公園にある一本だけの桜も。
日本人は桜好きといいますが本当ですね。どこの名所も桜見物でいっぱいの人出。そう言いながら、私もその一人だったのですが。
散歩していると花盛りの庭が目につきます。とりどりの色で飾った庭や色を揃えた庭、住む人の好みがうかがえて微笑ましくなります。狭い露地に並べた鉢植えに苺が色づいていたりするのも楽しいものです。
春の雨があがった頃、神社の境内へ行くと木や土、そして枯葉が土へ還ろうとしているというのでしょうか、それらがないまぜになった匂いが立っていました。体に染み通っていくような豊かな匂いでした。香水ではけっして作れないような。
草引きをしているとその際限のなさには驚くばかり。三日見ぬ間の庭の草といったところです。こちらも妙にファイトが出たりしています。
4月から再びお稽古事を始めます。
何って?それは、ちょっと形になったらお知らせしましょう。春ですねえ。
  ところで、奈良の八重桜にはいかにも奈良らしい物語が伝えられています。
  時は一条天皇の頃ですから絢爛たる平安文化が咲き誇った時代のことです。奈良興福寺に美しい八重桜が咲いたと評判になります。一条帝の中宮彰子は、ぜひ京の都にと所望しました。彰子は権勢並ぶものなき関白藤原道長の娘。興福寺は藤原氏の氏寺です。願って叶わないはずはありません。早速桜は掘り起こされ、京都へと運ばれますが、途中で法師たちが追いかけてきて行く手を阻みました。
「この桜は命にかえても渡さぬ」というのです。この悶着はすぐ宮中に知らされました。彰子は「荒くれだと思っていた奈良の法師たちに桜を愛でる心があったとは」と法師を咎めるどころか心栄えを褒め、桜は元の場所へ戻されたのです。しかも、花が咲くと毎年、七日七晩の宿直である花守を伊賀の花垣の庄から遣わしたのです。
  桜の花が咲くと興福寺からはお礼に一枝の八重桜が届けられました。王朝貴族が居並ぶ中、桜の歌を詠むようにと促されて伊勢大輔は「いにしへの奈良の都の八重桜・・・」の歌だったのです。“その昔、奈良の都に咲いていたという八重桜が今日は宮中に咲いている”という歌はきっとやんやの喝采を受けたことでしょう。“いにしへ”というのは奈良時代、聖武天皇へ花垣の庄から八重桜が献上されたという故事をふまえてのことです。彰子が花守をここの里人を遣わしたのもこうした由来があったから。
  奈良の八重桜は奈良に咲く八重桜のことではなく、固有の品種です。全ての桜が散り果てた頃、葉陰にひっそりと紅色の小さな蕾をつけます。少女のように俯きながら花を解いていき、開く頃には薄紅色、散り際に再び紅を濃くして散っていきます。上品で可憐な花は桜の中でも特別の美しさです。多くの歌に歌われた八重桜は芭蕉も見たのでしょうか。
芭蕉は伊賀出身ですから、この花垣の庄を訪れて「ひと里はみな花守の子孫かや」の句を残しています。かつて与野の庄と呼ばれていた里は今花垣の庄と呼ばれ、奈良の八重桜を霊木として大切に守っているそうです。
  現在、奈良の八重桜は奈良県庁横の駐車場や奈良国立博物館庭園、朱雀門、奈良公園、転害門、大和文華館などで見ることができます。
  奈良時代、平安時代、そして江戸時代と奈良の八重桜は人々の心を捉え、歌に俳句に詠まれてきたのですね。今年はきっと4月下旬頃に咲くのではないでしょうか。ぜひ由緒正しき桜を見に出かけましょう。
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